やすじろう独白◆保次郎独白 今日は随分といい天気でやんすね。 あっしですかい。あっしゃあ、保次郎というもので、へい。 いや、やっじょろ、じゃねえんで。そんなに巻かなくてもようござんす。やすじろう、と申しやす。やすじろう、へい。お見知りおきを。 旦那は? あ、そうですかい。明日? 上方へ? そうですかい、そいつあ、どうも、羨ましい限りでござんすね。あっしみてえな、しがねえ者には、とても、とても。そうですかい。 え? 何か面白い話? いや、そんなのは、そうそうあるもんじゃござんせんや。へっ、ご冗談をおっしゃっちゃあいけねえ。あっしの器量じゃあ女なんぞ寄って来ねえ。避けて通りやすよ。 へへっ、よしておくんなせえ。 ……。 そーいやあ…… いえ、別に旦那におきかせするような話しじゃあねえんですが……色気のねえ話で…… かまわねえ? きかせろ? そうですかい。 じゃあ、ちょっくら。こほん。 あっしゃあ、ここんとこ、ちょっとばかし気になることがありやしてね……。 へへっ、やっぱりやめやしょうや。つまんねえ話しだ。 え? いいからやれ? …… あすこの庭先に赤い花が咲いてやすね。ええ、あの小さなやつでさ。 あっしにゃあ、あれが赤く見えるんですが、旦那どうです? やっぱり赤い? そうですかい。いや、そうでござんしょ? ところが、あっしにゃあ、どうもそこがひっかかるんだ。 あいつあ、本当に赤いんですかねえ? ええ? 間違いねえ? いえね、旦那にも赤く見えてんなら、確かに間違いねえんでしょうが…… ところがですぜ……まあ、きいておくんなせえ。ここがくせもんなんでやんすよ。 あっしが自信が持てねえのは、みんなが赤い、赤いっていってる色は、確かに、あっしの見えてるこの色なんでしょうかねえ? 妙なことに気がつきやしてね。旦那。 あっしの見えてるこの色が、みんなが口を揃えていうところのアカじゃねえとしたら…… そうなんですよ、旦那! おかしなことに、そこで何の不都合もおきねえってことですよ! 仮にあっしにゃあ、あの花がミドリに見えてるとしやす。 しかし、あっしゃあ、あの色はガキの頃から、赤だと教わってっから、あっしが、旦那に「あの花、赤でやんすね!」と、こういいやすね、すると、旦那は旦那で「おう、確かに赤えや」とお答えになる。 違う色が見えてるにもかかわらず、ですぜ! こんな、馬鹿げたことってありやすかね。 あっしが、周りのみんなと違う色が見えていたとしても、あっしは生涯そのことに気がつかねえことになる。 いくらなんでも、それじゃあ、あんまりだ。 あんまりだけどもだ、文句を言う相手がいやしねえ。 ………… しかしね、旦那。ここにいる、みんながみんなが、違う色が見えてた、としたら…… へへっ、おかしな話しでやんすねえ。 <了> 戻りやしょう |
|||